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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)193号 判決

控訴人 浜田とき 外8名

被控訴人 島本早代

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二  被控訴人の請求原因

1  亡北浜アサノ(以下「アサノ」という。)は昭和56年8月22日死亡したが、原判決別紙物件目録記載の不動産、同債権目録記載の預金債権及び控訴人北浜信一保管に係る現金272万0480円は、アサノの相続財産(以下「本件遺産」という。)である。

2  アサノは、昭和55年7月10日付けで自筆証書による遺言(以下「本件遺言」という。)をした。本件遺言には、

「第1相続人島本早代を指定 第2相続人北浜良枝を指定

右の第1相続人不承認の場合は第2相続人とする。第2相続人も不承認の場合は兄弟姉妹オイ等で財産を処分することなく右の方々で相談のうえ相続人を選定し北浜家の再こうをお願いします。」との記載がある。

3  右遺言は、アサノが本件遺産全部をアサノの姪に当たる被控訴人に遺贈する旨遺言したものであるから、被控訴人はアサノの死亡により本件遺産を取得した。すなわち、本件遺言の趣旨は、遺産が兄弟姉妹により相続されると分割され売却処分されてしまうことを恐れ、最も世話になり気持が通い合つている被控訴人に対し、処分しないという制限付きで遺贈することとし、被控訴人が遺贈を放棄したときは同様の趣旨で北浜良枝に遺贈し、同女も放棄したときは兄弟姉妹甥等で定めた誰か一人が、処分しないという制限付きで遺産を承継することを定めたものである。

被控訴人はアサノから養子となるよう求められていたが、本件遺言がされた昭和55年7月10日には既に被控訴人が養子縁組を拒絶する意思を明らかにしていたから、アサノとしては、被控訴人が北浜姓を継ぐことが遺産を承継するための前提ではなく、次の策として、専ら遺産の散逸を防ぐため被控訴人に島本姓のままでも遺産を承継させる趣旨で本件遺言をしたのである。

なお、本件遺言中「財産を」の加入部分が民法第968条第2項の方式に違背するとしても、当該部分が無効となるにすぎず、遺言全体が無効となるものではない。

4  控訴人らは、いずれもアサノの相続人(原判決添付相続関係説明図のとおり)であるが、被控訴人が本件遺産を取得したことを争つている。

5  よつて、被控訴人は、控訴人らに対し原判決別紙債権目録記載の預金債権が被控訴人の所有に属することの確認、同物件目録記載の不動産につき昭和56年8月22日遺贈を原因とする所有権移転登記手続、控訴人北浜信一に対し金272万0480円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和57年2月25日から右支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める。

三  控訴人らの認否及び反論1請求原因

1  の事実は認める。

2  同2のうち、被控訴人主張の遺言書が存在することは認めるが、その余は否認する。本件遺言はアサノの自筆によるものではないから、無効である。

仮にそうでないとしても、本件遺言中「財産を」の加入部分はアサノの自筆ではなく、全文自筆の要件を欠くから本件遺言は全体として無効となる。また、「財産を」の加入部分は民法第968条第2項の加除変更の方式を欠くから無効である。

3  同3の事実のうち、アサノと被控訴人との間に養子縁組の話があり、被控訴人がこれを拒絶したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の事実は認める。

5  仮に本件遺言がアサノの自筆であるとしても、その内容は被控訴人への遺贈を意味するものではなく、現行民法では許されていない相続人の指定を内容とする遺言であるから、無効である。すなわち、アサノは、昭和16年7月15日平野友広との婚姻により北浜床次郎戸籍より除籍されたが、夫死亡により昭和23年5月5日北浜床次郎戸籍に復籍し、昭和44年8月21日群馬県館林市○町×丁目×××番地の×を新本籍地として分籍の届出をした。右届出によりアサノを筆頭者とする戸籍が編製されたが、その頃からアサノは北浜の家を遺すため北浜の親族との養子縁組を望むようになり、控訴人北浜章三の長女時枝、次いで被控訴人、更に控訴人北浜信一の長女良技との養子縁組を希望したがいずれも拒絶された。

被控訴人がアサノとの養子縁組を拒絶したのは、養子縁組をすれば婿をもらつて北浜の家を継がなければならぬこととなるが、それでは自己の自由な選択に従い夫の氏を称する婚姻をすることができなくなることを嫌つたためにほかならない。

アサノは、北浜家を承継する者が自己の遺産を承継することを希望していたものであつて、いわば、家督相続人が当然にその遺産を承継するものとする旧民法の相続人の指定を本件遺言で行つたものである。かかる遺言は現行民法では無効であるが、いずれにせよ、「北浜家の再こうをお願いします」としたところにアサノの真意があるとみるべきであり、北浜家の再興と別に財産の処分についてのみその意思を表明しているものではない。したがつて、被控訴人が養子縁組を拒絶し北浜家を承継しない以上、アサノには被控訴人にアサノの遺産を承継させる意思はなかつたのである。しかしアサノはその後も被控訴人との養子縁組を望んでおり、それが実現しない場合に備えて、遺言で被控訴人を、そして同人が承認しないときは良枝その他を北浜家を継ぐ相続人とする意思であつたとみるのが本件遺言の自然な解釈であり、アサノの真意と合致するものというべきである。

仮に本件遺言が遺産を被控訴人に遺贈する趣旨であるとすれば、北浜良枝との養子縁組が成立していた場合にも被控訴人が遺産の全部を取得することとなり、アサノの意思に反した結果を生ずることが明らかである。

四  証拠関係は、原審及び当審記録中証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1及び4の事実及び被控訴人主張の遺言書が存在することは当事者間に争いがなく、鑑定人○○○○の鑑定の結果によれば、同鑑定人は本件遺言(甲第4号証の1、2)とアサノの筆跡であることにつき争いがない甲第6号証の1、2、第7号証の1、2、乙第1号証、弁論の全趣旨によりアサノの筆跡であると認められる甲第5号証の鑑定資料を比較対照し、字画の長さ、交叉状態、曲直の度合い、傾斜角度、筆順等を検討し、甲第4号証の1、2と前記鑑定資料とは同一人の筆跡と認めたもので、右の鑑定の結果は是認することができるから、本件遺言はアサノの自筆によるものと認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、控訴人らは、本件遺言中「財産を」の加入文字はアサノの自筆ではなく、本件遺言は全体として無効となると主張するけれども、右の加入部分とその他の部分とを比較してみても、直ちに右加入部分が異筆であるということはできず、その他右の加入部分がアサノ以外の者の筆によることをうかがわしめる証拠はない。

もつとも、前認定のとおりアサノの自筆と認められるから真正に成立したと認められる甲第4号証の2、成立に争いのない乙第5号証によれば、右の加入部分については、場所の指示、変更した旨の付記と署名、変更場所への押印を欠くから右部分が民法第968条第2項に定める加除の方式に違背することは明らかである。そうすると、右加入部分は無効となるから、本件遺言は右加入部分がないものとして有効と解すべきである。

二  本件遺言の内容について、被控訴人はアサノが本件遺産を被控訴人に遺贈したものと主張し、これに対し控訴人らは被控訴人に遺贈することを意味するものではなく、現行民法では許されない相続人の指定を定めたものであるから無効である、と主張するので検討する。

成立に争いのない甲第3号証、乙第2号証ないし第4号証、証人北浜則子、同島本玉代の各証言、被控訴人、控訴人北浜章三、同北浜信一の各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  アサノは、亡北浜床次郎、妻しんの二女として大正5年1月5日出生した。7人の兄弟姉妹があつたが、現在兄北浜章三(控訴人)、姉浜田とき(控訴人)、妹島本玉代(被控訴人の母)が生存している。

2  アサノは昭和16年7月15日平野友広と婚姻し、北浜床次郎の戸籍から除籍されたが、夫死亡により同23年5月5日復籍し、同44年8月21日群馬県館林市○町×丁目×××番地の×を新本籍地として分籍の届出をした。

3  アサノは子がないため、夫が死亡してからは単身で生活し、郵便局に勤務し、昭和43年には本籍地に住宅を建築し、兄弟姉妹と親しく交際していた。アサノは身体が弱く、昭和50年郵便局を退職したが、同56年から頻繁に病院に通うようになり、同年8月12日入院し、同月22日本件遺産を遺して死亡するに至つた。

4  アサノは、相続人がなく、北浜の姓が絶えることや身の回りの世話をする人がないことを懸念し、かねてから北浜の親族との養子縁組を希望していた。当初控訴人北浜章三の娘時枝を養子に希望していたが実現せず、次いで被控訴人を希望し、被控訴人には昭和50年頃、同52、3年頃、同56年春頃、同年7月頃、死亡する3日前頃にそれぞれ打診があつたが、被控訴人は、養子となれば婿をもらうことになつて結婚に不安があり、また姓が変わることについても抵抗があつたためその都度これを拒絶した。また入院後兄亡北浜梅治の長男である控訴人北浜信一の娘良枝を養子に交渉したこともあつたが、これも実現しなかつた。

右認定の事実によれば、本件遺言の作成日である昭和55年7月10日にはいまだ被控訴人らとの養子縁組の話は最終的に打ち切られたわけではなく、アサノは死の直前まで養子をとる希望を抱き、その候補が被控訴人と良枝であつたことが明らかである。この事実に本件遺言が第一相続人被控訴人、第二相続人北浜良枝を指定する旨記載し、第一相続人も、第二相続人も承認しないときは兄弟姉妹で相続人を選定し北浜家の再興を願うとし、遺産の承継そのものには触れていないところをみると、アサノが遺言により相続人を指定できると考えていたか、あるいは死後も養子縁組をすることができると考えていたかはともかく、アサノの真意は、遺産を念頭においてその分散を避けるため受贈者の順位を定め、これに遺贈をすることにあるのではなく、旧制度におけるようにアサノの「家」を継ぎ北浜の姓を絶やさないようにするため、相続人を定めるということにあつたとみるべきであり、その結果としての遺産の承継を考えていたにすぎず、相続人とならない者に対し遺産を遺贈する趣旨で本件遺言をしたものではないというべきである。

そうだとすれば、本件遺言は、アサノとの養子縁組を拒絶しその成立を見なかつた被控訴人に本件遺産を遺贈する旨を定めたものではなく、現行民法上認められていない相続人の指定を定めたことに帰するから、効力を生ずる余地はないというべきである。

三  以上の理由によれば、被控訴人の本訴請求は理由がないから、これと結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第96条、第89条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 時岡泰 山崎健二)

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